【前回記事を読む】認知症の母とテレビを見ていると、突然母が泣き出しチャンネルを変えた…それは、あるドキュメンタリー番組で…

第三章   北海道への旅

診断から7ヶ月が経った頃、私はある決断をした。母を北海道旅行に連れて行こう。

きっかけは、母が何気なく言った一言だった。

「テレビでね、北海道のラベンダー畑を見たの。すごくきれいだった。一度でいいから、見てみたいなあ」

母は昔から花が好きだった。我が家の小さな庭には、季節ごとにいろいろな花が咲いている。チューリップ、紫陽花、コスモス、椿。すべて母が丹精込めて育てているものだ。

北海道のラベンダー畑。確かに、一度は見せてあげたい。でも、母の体調を考えると、長距離の旅行は負担が大きいかもしれない。迷っていた私の背中を押してくれたのは、伯母の言葉だった。

「行けるうちに、行ったほうがいいわよ」

電話で相談したとき、伯母はそう言った。

「認知症は、いつどうなるかわからないもの。今元気なうちに、やりたいことをやらせてあげて。後悔しないように」

その言葉が、私の心に響いた。

確かに、後悔しても遅い。いつか母の体調が悪くなって、旅行に行けなくなるかもしれない。その時に「連れて行ってあげればよかった」と思いたくない。

私は旅行の計画を立て始めた。

まず、航空券とホテルを予約した。母の体調を考えて、余裕のある日程を組んだ。観光地をたくさん回るのではなく、1ヶ所をゆっくり楽しむプランにした。

次に、母に伝えた。

「お母さん、来月、北海道に行こう」

母は目を丸くした。

「北海道? どうして急に?」

「前にラベンダー畑を見たいって言ってたでしょ。見に行こうよ」

母の顔がぱっと明るくなった。

「本当に? 行けるの?」

「うん。飛行機もホテルも、もう予約したよ」

「まあ!」

母は子供のように喜んだ。その姿を見て、私も嬉しくなった。

旅行の日まで、母は毎日のようにその話をした。何を着ていこうか、何を持っていこうか、カメラの充電は大丈夫か。楽しみで仕方ないという様子だった。

「お母さん、そんなに楽しみにしてくれてるの?」

「当たり前でしょう。北海道なんて、初めてなんだから」

母は笑顔で答えた。その笑顔を見て、私は旅行を計画してよかったと心から思った。

旅行の当日、私たちは朝早く家を出た。

羽田空港は平日にもかかわらず混雑していた。母は少し緊張した様子で、私の腕にしがみついていた。

「飛行機、久しぶりだわ」

「大丈夫だよ、お母さん。私がついてるから」