【前回記事を読む】突然亡くなった父の葬儀で、母は一粒の涙も見せなかった…でも、その日の夜、母は父の寝室で…

第二章   日常の中の葛藤

介護について調べるようになったのは、その頃からだった。

インターネットで認知症について検索し、本を買い漁り、介護経験者のブログを読み漁った。そこで知ったことのひとつが、「できることは本人にやってもらう」という考え方だった。

過度な手助けは、かえって本人の能力を低下させてしまう。時間がかかっても、失敗することがあっても、できることは自分でやることが、リハビリにもなるし、本人の自尊心を保つことにもつながる。

私はその考え方を実践してみることにした。

たとえば、母が買い物に行くとき、以前は私がついていって、必要なものを一緒に探していた。でも、今は買い物リストを母に書いてもらい、なるべく一人で買い物に行ってもらうようにした。

最初は不安だった。道に迷わないだろうか。同じものをまた買ってこないだろうか。でも、母は思った以上にしっかりしていた。

「今日はね、特売のお肉があったから買ってきたのよ」

買い物から帰ってきた母は、 嬉しそうにエコバッグの中身を見せてくれた。

「すごいね、お母さん。美味しそう」

私が褒めると、母は照れたように笑った。その笑顔を見て、私は自分の判断が間違っていなかったと感じた。

もちろん、失敗することもあった。同じ野菜を2日連続で買ってきたこともあったし、お釣りを少なく受け取ってきたこともあった。でも、そのたびに「大丈夫、次は気をつければいいよ」と声をかけるようにした。

母も、自分なりに工夫を始めた。買い物リストを冷蔵庫に貼っておいて、買ったものはその場でチェックを入れる。財布の中に「お釣りは必ず確認する」と書いたメモを入れておく。小さな工夫だったが、それが母の自信につながっているように見えた。

母の生活の中で、私が特に感心していたのは、スマートフォンの使い方だった。

母がスマートフォンを持ち始めたのは、3年ほど前のことだ。最初は「こんなもの使えないわよ」と言っていたが、私が根気強く教えた結果、今ではLINEを使いこなすようになっていた。

ある日、仕事中にスマートフォンが震えた。母からのLINEだった。

『今日はお花がきれいだったよ』

メッセージと一緒に、公園で撮った花の写真が添えられていた。赤や黄色のコスモスが、冬の陽射しを浴びて輝いている。

私は思わず微笑んだ。そして、スタンプで返事を送った。ハートマークのついた「ありがとう」というスタンプ。

すぐに母から返信が来た。今度は猫のスタンプだった。「えへへ」という吹き出しがついている。こんなやり取りが、私たちの日常になっていた。

母は毎日のように写真を送ってくれた。散歩中に見つけた野良猫、近所の家の庭に咲いていた花、スーパーで見つけた珍しいお菓子。日常の小さな発見を、母は私と共有してくれた。

「お母さん、スマホ上手になったね」

ある日、そう言うと、母は嬉しそうに笑った。

「最初は全然わからなかったけど、やってみるとおもしろいわね。この年でも、新しいことを覚えられるんだなって」

その言葉を聞いて、私は胸が熱くなった。

73歳になっても、新しいことに挑戦しようとする母の姿勢。認知症と診断されても、できることを見つけて楽しもうとする前向きさ。私のほうが、母から学ぶことが多いのかもしれない。