ルーアンはフランスの三大劇作家の一人コルネイユの出身地で、1984年はコルネイユ没後300周年にあたり、いろいろ行事があったらしい。このマルシェで撮影した写真を手紙に入れて両親に送り、無事ルーアンに着いたと報告した。
ルーアンはコルネイユの他フローベールやアルセーヌ・ルパンの生みの親モーリス・ルブランの出身地でもあり、またモネをはじめ印象派の画家たちにも縁があり、大変歴史のある文化的な街、といったイメージがある。首都パリから近いこともあり、日本の鎌倉のようにも感じた。
裁判所を出てジャンヌ・ダルク通りに戻り少し歩くと賑やかな通りと十字に交差している。セーヌ川に向かい右に行くと聖ジャンヌ・ダルク教会があり、左に折れるとルーアン名物の1本針の古臭いグロゾロージュ(大時計)があり、その先にカテドラル(大聖堂)があった。
セーヌ川まで歩いてセーヌの橋を渡る。渡る手前が右岸で、渡ると左岸。パリとよく似た街だった。パリのシテ島と同様ラクロア島という中州まである。左岸から右岸を振り返ると、ルーアン大聖堂の尖塔が手前の建物の屋根の上に大きく見える。改めてフランスの街に来たと感じた。
通った学校が右岸にあったせいで、街の左岸には、県庁に滞在届の提出等に行くくらいでほとんど行かなかった。帰国して随分経った中年以降にガーデニングが趣味になった。ルーアン左岸地区に立派な市立植物園があると聞いていたので、もっと見ておけばよかったと後悔している。
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