小さなホテルでレストランはなく、食事は目の前のルーアン右岸駅内の食堂で食べるようにとの説明だった。日本では見たこともないような古臭いエレベーターに乗り鍵の番号の階まで昇った。
部屋の扉を開けるとパリのホテルに比べあまりに簡素な部屋で驚いた。鉄製のベッドが一つと服をしまうクローゼット、整理ダンスのような引き出し、それに椅子と小さな机があるだけだった。学生時代の4畳半の下宿の部屋と同レベルに感じ、ゴッホが書いたアルルの部屋を思い出した。
トイレはあったが、シャワーは別料金で共有だった。部屋の隅に便器のような形の陶器があった。日本では見たことがなかったので、その当時は何に使うのかわからなかったが、それがビデと知ったのは随分後になってからだった。
到着したのが土曜日昼頃で、学校には月曜に行くことになっていた。することもないので、ルーアンの街を見ようとホテルを出た。駅で手に入れた観光地図で見ると、駅から延びるジャンヌ・ダルク大通り沿いに主要な観光施設がある。
ホテルからすぐのところに多数の人が出入りしている大きな建物があった。古臭いゴシック様式の建物で、外壁には大きな弾痕のような穴が一面に空いていた。裁判所とのことだった。
その建物の中庭に入るとノルマンディー地方の民族衣装を来た人たちが、野菜やチーズを売るマルシェ(市場)のような店を出していて、たくさんの客が来ていた。何かのお祭りのようだった。ホテルに帰り聞いたところ、「コルネイユ祭」と教えてくれた。