【前回の記事を読む】フランスで食堂に入ったらセルフ式だった。欲しい料理を係員に指さし、レジに向かうと…聞き取れずレジを覗き込んだ。学校に行くと校長が私を待たれていた。マダム・K校長。50歳ぐらいに見える校長だった。校長より直接、学校施設の説明や教師と事務職員の皆さんの紹介を受けた。1学年2クラス。1クラス約20人、全体で80人程度のこじんまりとした学校だった。生徒たちの年齢が幅広いのは入学時点で…
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エッセイ『ルーアンの鐘』【第7回】倉富 治郎
社会人でフランス留学。校長と面談中、会話学校も勧められ、その場で入学手続きをされた。学費を聞くとまさかの…
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エッセイ『ルーアンの鐘』【第6回】倉富 治郎
フランスで食堂に入ったらセルフ式だった。欲しい料理を係員に指さし、レジに向かうと…聞き取れずレジを覗き込んだ。
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エッセイ『ルーアンの鐘』【第5回】倉富 治郎
「便器のような形の陶器」がルーアンのホテルの部屋にあった。何に使うのかわからなかったが、実はそれは…
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エッセイ『ルーアンの鐘』【第4回】倉富 治郎
フランスで電車に乗っていると、「そこをどけ」と言われた。「これがアジア人差別!」と思ったが、実は違って…
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エッセイ『ルーアンの鐘』【第3回】倉富 治郎
「フランス語で言え」パリに着いたと実感したのは有名な観光地ではなく、駅員のたったひと言だった――
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エッセイ『ルーアンの鐘』【第2回】倉富 治郎
初めてのパスポート、初めてのフランス——病を隠してまで私を送り出した両親の愛に気づいたのは帰国後だった。
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エッセイ『ルーアンの鐘』【新連載】倉富 治郎
「君は菓子関係の技術者になれ」――菓子作り未経験の私は"左ききだから器用"という理由だけで洋菓子部門で修行することに…