「あの、大丈夫、ですか?」

そこに突如として、寂寥(せきりょう)を凌駕するほどの初々しい声が差した。その不意打ちに、思わず素っ頓狂な息を吐いてしまった。

振り返れば、廊下に山積みになった段ボールと真新しい冷蔵庫が幅をきかせていた。そんなことにも気づかなかったのかと、我ながら舌打ちをした。しかし、問題なのはそれらの隙間から茶褐色の目が凝視していたことだ。こともあろうにこの茶番を、一部始終観劇していた者がいたのだ。

新しい隣人だ。越してきた早々に、あたしたちの恥部を見た幸運な男。

「大丈夫、ですか……?」

空気を読む、ということを知らないのだろうか。まともな神経なら見て見ぬふりをするのが相場だろうと、挨拶がわりに「見るな」と、言ってやった。

「すみません」

さも気まずそうに視界から消えていく茶褐色の瞳。あれが目で語るというものなのだろう。放っておけば今にも続きを喋り出しそうだった。

 

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