安定した時代なんて、世界史のなかでほとんど実現していませんけど、一部の江戸期のひとたちが日々のあくせくを離れて、〈人格形成〉に関心をもっていたというのは、そうとう進んだ思考でしょう。ひょっとしたら、現代よりもね」

「アダム・スミスの『道徳論』みたいだな。江戸時代……いままで気にしていませんでした」

「日本は近代で2回、明治維新と第二次世界大戦後に自身の過去を初期化しようとしています。それぞれに国際情勢への対応や贖罪の思いはあるのですが、本当はそれほど遮二無二捨て去らなくてもよかったことまで、否定しすぎたんじゃないかと思うんです。私はその捨てちゃったことのなかに、次の時代につながる芽があるような気がして仕方がないんです」

「しかしまぁ、むかしのひとたちは、よく学びますね。この私塾や連で行われている学びって、出世欲や金銭欲とはまるで違う動機ですよね? いったい、なんなんだ」

世耕さんが、小さくつぶやいた。

「……楽しかったんじゃないですかね」

「……それだけですか?」

「はい。専門家は、もっと合理的で論理的な理由を欲しがるでしょうけど、楽しかったんだと思いますよ。それじゃあダメですかね。あははは」

「身分制度の抜け穴みたいなところもありますね。無礼講というか」

「本来、取り締まるべき武士の側も一緒になって、人格形成や共創を楽しんじゃった。

岡山あたりのお殿様は、近江で私塾をやっていた中江藤樹のお弟子さんになってますから」

「身分制度からみたら、滅茶苦茶ですね」

「最高ですよ」

次回更新は4月8日(水)、11時の予定です。

 

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