太平、換章館での講義の中でその名を知った。

「万物は名を得て初めて実(じつ)と成る」

虎フグみたいな丸顔に、真ん丸の眼鏡をかけた先生が続けて

「とは言うてもや。名あなんてもんは人の都合で付けとるだけや。藪枯らしに屁糞(へくそ)かずら、ついでに犬の陰嚢(ふぐり)や。こんな名あ付けられたらどう思う?」

絶対に嫌だ。そう思ったから良く覚えている。

もちろん先生の名も、何の講義だったかもまったく覚えていない。

「へくそかずらは仕方ありません。ええ、これは本人にも責任があります」

いったん気になれば放っておけない太平。一年後に、ようやく屁糞かずらと対面を果たした。

「ええ、言語道断です。おえっ」

口にしただけで、あの時が甦(よみがえ)ってくる。

「ここに越してきた翌日に、石動が草をむしってくれましたの」

百合も太平と同じ藪枯らしを見詰めていた。

「あー、わしには要る草と要らぬ草の区別がつかぬ。よしなに指図せよ。そう言って猛然とむしり始めましたの」

「猛然とですか」

「はい、猛然とです」

一心に草をむしる石動の姿に、五月の生まれた頃が思い出された。

「五月を蚊には刺させぬ」

そう言って、雑草もそれ以外も、一本残らず抜いてしまった。あの日のように汗まみれとなった石動が、竹垣にまとわりついた蔓草に手を掛けた。