1 ある除幕式の光景
なぜここに三世紀中という古墳時代の初期、全長百三十メートルにも及ぶ巨大な前方後円墳が出現したのか。
現代において、この古墳を見た人の多くがそう思うだろう。そこには隠された氏族が関係していた。
話は飛ぶが、令和5年文化の日だった。この日は公益社団法人行橋法人会が苅田町に寄贈する石塚山古墳史跡案内看板除幕式が行われた。
当時のわたしはこの法人の常任理事を務めており、広報委員会の委員長として法人の広報活動を行っていた。行橋法人会の管内は広く、市町村が七つ存在している。
この看板設置時期は、人の往来に規制があった新型コロナ感染症が蔓延しているなかだった。広報もままならぬ状況で、各市町村と協力して史跡案内看板を設置していく事業を始めたのがこの一年前のことだった。
初年度は行橋市において草野津(かやのつ)の史跡看板の設置を行い、苅田町はこの事業の二期目に当たる。
遠田町長への事業の説明から対象の選定を経て、文言やデザインを確定していく。除幕式までの六ヶ月間は瞬く間に過ぎていった。
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