【前回記事を読む】記録には決して残せない、利用者との「抱擁」…性欲という形で心をぶつけてきた彼に、抱擁を許してしまい…
サッカー
拓也さんが、折角挟んで置いたボールを足で蹴とばして、サッカーのようなものをしている。手すりにも掴まらずに。
「誰かが転ばないように置いておいたのに、なにしているんですか」
ちょっと私も大きな声を出した。拓也さんは左麻痺、転んだら大変。
「うっせえなあ、ほら追いかけろ、ニャンニャン、じゃれろ、ボールに」
廊下までボールは転げて行く、私は走ってとりに行く。手からボールが落ちる。
「おい、なに落としてんだよ、ほんとダメな女だなあ、ほーらとってこい、ワンワン、ワンワン」
そう言って拓也さんはボールを蹴とばす。
「手すりに掴まれって言ってんだよ、転んだらどうすんだよ、馬鹿野郎」
もう絶対記録できない。馬鹿野郎って言っちゃった。
もう、私も嫌になってきてボールを蹴り返す。
また、蹴り返される。蹴って蹴って、2人してサッカーになった。
「上手だなあ、褒めてやるぞ、ほれほれ」
「うるせえ、手すりにしっかり掴まれ、転んだら事故報告書なんだぞ、分かってんのか」
拓也さんの食席の隣の三井さんが爆発するように笑いだした。世話人さんも笑いだした。
「この野郎、ボールとったぞ、あたしの勝ちだ」
はあはあ、息が上がった。拓也さんは、ふん、と笑って部屋に戻る。
おやすみなさい、と告げてグループホームを後にする。
「気をつけて帰れよう」
と拓也さんが煙草を吸いながら声をかけてくれる。
やっと帰れるなあ、と思い施設へ行くと朴訥先輩が一人でいた。