先輩は満足そうだ。壁絵の写真を一心に撮影している。アートを愛する先輩なのだ。

先輩さすが、とも思うが私は根が素直でないんだろうか、ちょっとここで満ち足りた顔をしている先輩に、少しだけマウントを取りたくなった。

「今日、グループホームで拓也さんと会うの気が重かったです」

「うん、ああ、そうだねえ、そうだよねえ」

お前、ほんとに思ってんのかよ。

「で、今日は大丈夫だったの」

ううん、あんまり心配してなさそうだが、マウントをちょこっととりたい。そして、答える。

「今日はサッカーをしたんです」

え、っていう口で朴訥先輩の表情は固まったが、どんなだったかは教えないことにした。

「楽しかったですよ」

「そうか、良かったね。いろはさんといて拓也さん楽しいんだね」

中年を「好青年」みたいな表現で表す言葉が見つからないので困るが、朴訥先輩は「イケオジ」とも違う笑顔で微笑んだ。純朴とかそんな感じだ。

良いんだか悪いんだか楽しいんだか分からないけど、サッカーした。恋とは錯覚、サッカーした、錯覚してる、錯覚した。どっちが錯覚してるんだろう。彼も私もなんだろうか。

朴訥先輩の心にはいまいちひっかからなかったようで、家に帰ると「今日はありがとう。コーヒーもありがとう、ゆっくり休んでください」とLINEのメッセージがあった。

「貼りつけただけですよ、お疲れさまでした」と返した。

ご自愛すらあ、と呟いて熟睡した。

次回更新は3月12日(木)、20時の予定です。

 

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