「まぁそう言うんじゃねぇって、雄作。オセロくらいでちょうど良いんだよ。俺ぁ雄作みたいに賢くねぇからふたつ同時に物事を進められねぇんだ。それに俺は目が悪いからな、将棋の駒みたいな小せぇ字は読めん」

「お前の事情なんざ知ったことか。そら、最後の四隅も頂いたぞ」

「おいおいマジかよぉ。ったく、ちよっとは手加減しやがれってんだ」

「うるさい。そもそもな。お前だって子どもの頃は喧嘩もかけっこも何ひとつ手加減してくれなかったじゃないか」

「そんな半世紀以上も前のことなんざ、とっくの昔に忘れたわい」

対するは同い年であり同郷の黒沼良三。戦前から付き合いがある親友だ。

「お前は都合の悪いことだとすぐに忘れるな。その癖そろそろ直したほうがいいぞ」

「そろそろっつったってこの性格のまま八十年以上生きてきたんだ。今さら直そうったって簡単にはいかねぇよ。お前こそその説教臭い面倒な性格を早く直した方がいいんじゃねぇの? こんなデケェ屋敷に一人じゃ寂しいだろうが。花さんが亡くなってもう何年経つと思ってんだ」

「俺はもう一人でいいんだ。子どもこそできなかったが、その分花と長く一緒に過ごせた。それでも寂しくなったら親父みたいに腹を切って死ぬさ」

景浦の父親は元・陸軍将校であり、玉音放送が流れたその日のうちに腹を切って死んだ。

「あのなぁ。今は戦時中でもなけりゃ、ここは戦地でもないんだ。そんな意地張るこたぁねぇじゃねぇか」

良三は生来のお人好しな性格のせいで苦労することが多く、借金の保証人になった途端に友人が雲隠れしてしまうことすらあったようだ。そんな彼の人柄に呆れながらも惹かれた妻と慎ましやかな幸せを享受し、男児を授かった。その子も優しくて義理堅い父親の姿を見て育ち、おおらかな大人になっていく。

『どうにか大学まで出してやれた。俺なんかが父親で苦労しただろうが、これで面子は保てたな』

息子の就職が決まった際、飲みの場で良三は心の底から嬉しそうに笑っていた。その後、長男は同僚の女性と結婚し、女の子を授かる。良三の孫・若菜だ。良三は待望の孫の誕生にめっぽう喜び、目に入れても痛くないほど可愛がっていたが、数年後彼らに不幸が訪れる。

夏特有のゲリラ豪雨に薄暮という視認性が著しく落ちるダブルパンチの中を走行していた長男の車は下り坂のカーブでハンドル操作を誤り、対向車と正面衝突する事故を起こした。それほどスピードは出ていなかったが運の悪いことに対向車はダンプカーであり、長男が運転する軽自動車などブリキのおもちゃも同然だった。

夫婦は即死。若菜はまだ物心がついていない幼子だったこともあり、自分の身に降りかかった災厄を正しく認識していなかった。それがせめてもの救いだったかもしれない。

次回更新は3月21日(土)、11時の予定です。

 

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