【前回の記事を読む】「まさか飛び込むとは……。いい度胸をしているが、命はあるまい」。しかし時が経ち、彼は息を吹き返した——
第二章 北斗七星舎(ほくとしちせいしゃ)
「あんた、おいらを助けてくれたのか?」
男は草鞋を編みながら一瞥(いちべつ)して言った。
「助けるも何も、裏の川辺に土座衛門のように浮いてたんだ。ひどい傷を負っていたからもう死んでいるのかと思ったさ」
話すのが億劫なのか、口下手なのか、ぶっきらぼうな感じだが、決して悪意があるような感じはしない。これがこの男の性分なのだろう。
「そうか、ありがとう。おいさんは、一人なのか?」
「ああ、見ての通りの杣人(そまびと)で、おれ一人だ」
「おいらは義近っていうんだ。山伏の修行をみんなとやってたんだけども、おいら一人になっちまって……」
義近はそこまで言って、言葉が詰まった。それ以上話すと涙がこぼれてきそうになったからだ。源じいや仲間の顔が急に脳裏によぎった。その様子をみて、髭面の男は察したのか言葉を遮(さえぎ)ってぽつりと言った。
「おれは又五郎(またごろう)。生きてりゃ、いろんなことがある。まず目の前にあることを考えて生きていくしかねえぞ」
ふと見ると壁に、義近の着ていた鈴懸(すずかけ)や白袴(はかま)と結袈裟が掛けられていた。どれもくノ一の攻撃を受けてぼろぼろに裂けていたが、ところどころ綺麗に縫い合わせてある。助けてくれた又五郎が直してくれたのだろう。
「おいさん、衣まで直してくれたのか、本当にすまねえ」
「ああ、この修繕はおれじゃねえ。お球磨(くま)ばあさんが直してくれたんだ」
とその時、義近はとてつもない大事なものを忘れていることに気がついた。
──箱が、ない
命に代えてまで護(まも)った、あの背中に背負っていた箱がない。
周りを見渡したが、粗末な炭置き小屋にはどこにもありそうになかった。顔が真っ青になった。
「おいさん!箱はなかったかい! 細長い箱、箱!」
義近は、がばぁと起き上がった。