「昨晩は寄り合いが遅くまでかかっちゃったから、仕込みが出来なかったよ。勘治さんたち、ちょっと遣(つか)いをたのまれてくれないかい? さくらも一緒に行くから」

「遣いかい? お安い御用だ。この鴉の旦那と一緒に行ってやるぜ」

男は全身黒ずくめのため、鴉の旦那にされてしまった。

「よかった。沖見町の表具屋(ひようぐや)に掛け軸の直しをお願いしてきてほしいんだ。

それと、そろそろ売りに出される戸井(とい)菓子屋の『星大福(ほしだいふく)』を買ってきてほしいんだよ」

さくらが、お遥の脇から顔をのぞかせた。

「あたいが案内するから大丈夫よ。でも、迷子にならないでね」

「はははっ。大人が迷子になるわけねえよな。さくらちゃんこそ迷子にならないように、おいらたちがしっかり見守ってやるよ」

勘治はこのとき、童子の幼稚なつぶやきとしか受け止めていなかったが、この後、驚くことになる。

まだ五つ時(午前八時)過ぎのせいか、町の通りは人影が少ない。

町の中心のあけぼの通りから、浜の沖見町へ坂を上るように三人は歩いていった。日は差してはいるものの、海からの風は体を突き刺すように冷たい。

坂を上りきると、砂丘の上に築かれた直江の津・今町の、真の姿が現れた。びっしりと林立する、おびただしいほどの町屋の姿に勘治は息を吞んだ。