昨日、鯉を釣ると思い立って荒物屋に行って釣り具一式を購(あがな)った。そして、店主に言われたままに釣っていたのだ。

「まさか今日に、こんなところで釣りをする人がいるなんて誰も思いません」

「ならばどこにおる」

「はい、あなたの足の下です」

石動は店主に教えられたここに来て、迷わず桟橋を釣り場に決めた。年経た鯉は龍になるという。そんな鯉が棲(す)むには河の中央こそがふさわしい。だから、河に突き出した桟橋の突端を選んだ。

だが残念ながら、ここは河でも川でもない。普段は水もほとんど動かず、川のような池にすぎない。

領内を流れる深入川が、花房城に切り裂かれるように二つとなる。その一つの横入川、その途中から水を引き込んだ堀溜。それが、今石動のいるところだ。

かつて川狩り(山で伐り出した木を、川に流して運ぶ事)で運ばれてきた木材を、一時溜めて置く場所だったが、深入川沿いに新たな木場(貯木場)ができてからはほとんど使われていない。だからこそ格好の釣り場となっているのだ。

普段は横入川からの水門は閉じられているが、先日のように大雨で水位が上がった時には開かれて、その時だけは川となる。

「この下、にか?」

石動が足元の板に目をやる。真下の魚をどうやって釣るのか見当もつかない。

「さあ」

太平の返事は素っ気ない。色々を考えれば、その辺りにいてもおかしくはない。それだけの話だ。

 

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