太平、こと釣りに関しては容赦がない。石動の、微動だにしなかった竿先がとぼんと垂れた。
「最初に言っておきますが、釣りたい、と言うのはあなたの都合であってお魚には関係がありません。はい、お魚にはお魚の都合があります」
魚には魚の都合がある。昔、あまりに釣れなくて苛立っていた時に、釣雲にそう言われた。
それで、鈎を上げて耳たぶに当てたら、冷んやりと実に気持ちいい。
「あ、これでは釣れません。ええ、冷たすぎます」
太平が狙っていた場所は潮が揉み合って泡立ち、何度か良型のメジナを釣った場所だった。
「はい。こんなに良いお天気だから中も暖ったかだと思ってました」
それ以来、太平は常に魚の都合を考える。潮の満ち干(ひ)、水温に濁り、陽の差し加減。こんな日は、魚はどこにいて何を食べたがっているか。思う限りに魚の都合を考える。
そのおかげで劇的に釣果が上がった。かと言えば別に大して変わらない。釣れる時は釣れるし、釣れない時は釣れない。
ただ、釣れなくて苛立つ事はなくなった。釣れない時には、釣れない理由(わけ)を考える。それで、次にはちゃんと釣れる、はずだ。
「そもそも、そこには鯉がおりません」
太平が、石動の浮子を指さして断言する。
「はい、三日前でしたらその辺りにもおりました」
だがその後に上流で大雨が降り、冷たい雨水が流れ込んで底冷えとなった。それで鯉は暖を求めて浅場に移った。
「うむ。三日前なら」
「釣れてません。ええ、三日前でも三年前でも釣れてません」
太平に容赦はない。
「その竿は二間(約三・六メートル)。糸も二間と少し。見たところ浮子(うき)下は一尺(約三十センチ)もありません。三日前の鯉はもっと下にいました」
「あー、これは店の者が」