【前回の記事を読む】父は肺がん、母は認知症。2人を介護する僕には脳の障がいがあって、医師からは就職はまだ早いと言われている。
第一部 父
肺がんの父×認知症の母×障がい者の僕
そんな小説も以前飼っていた犬が死んでから書けなくなった。
ほんの二か月前まではミルティという大人しいシェルティーがいたが、ミルティは死んだ。それも腑(ふ)に落ちない死にかたで。
月に一度、東京の医大病院へ通院する日だった。ミルティを母に預けて病院へ行った。父はがん研に入院していていなかった。月に一週間ほど入院していた。
家に帰ってきたら、ミルティは玄関のノブに結(ゆ)われたリードで首を締められて窒息(ちっそく)し、すでに体が硬くなっていた。
本当の死因は、ミルティがおしっこをしたくて鳴くから外に出した、という母の過失だ。確かに動物病院の獣医からは、もう弱っているからあと一週間しかもたない、と言われていた。でも、母がリビングに置いていたら、安らかに死ねたと思う。
母は、自分がミルティを玄関のドアノブにつないだことを忘れ、テレビの大相撲中継に夢中になっていた。僕に問いつめられると、「あたしゃ知らないよ」と叫んだ。病院へ行く僕を最後に見送ったミルティの優しい瞳が忘れられない。
ミルティが死んだショックで僕がキッチンで吐いていたら、母から「トイレに行って吐きなよ」と言われた。薄情な親だと思った。ただ、このときの僕はまだ気づいていなかった。こうした人格変化は、母の認知症の症状であるということに。
ミルティが死んで二日ほど経(た)ち、ようやくそのことに母は気づいて、「ミルティは可哀想だったね」と目に涙を浮かべた。
ミルティがいなくなってから、僕は体調を崩したままだった。早急になんとかしないといけないと姉のゆっこが言いだし、持ち前の行動力ですぐに新しい仔犬(こいぬ)を見つけてきた。キャバリアという犬種だった。
キャバリアについて調べたら、〈人なつこい犬なので、高齢者が住む家に最適〉と書いてあった。
ミルティの四十九日が過ぎると、仔犬は家にやってきた。がん研に入院していた父が〈クッキー〉と名づけた。
クッキーは外に出るのを嫌がっていたが、そのうち「散歩」と言っただけで飛びはねて玄関にすっ飛んでいくようになった。散歩が好きになったようだ。
僕が住む神奈川県横浜市の大倉山は、駅周りこそ活気があるが、すこし歩けば静かで長閑なところを残している。自然に恵まれた緑園都市。駅前は人通りの多い商店街があるが、坂を上がった山の上は、急行が停まらない駅特有の、ややゆったりとした時間が流れている。僕にとっては安全圏だ。