視界をさえぎる高いビルがあまりないので、空は広やかだ。時間帯を選べば、人と顔を合わせずにすむ。比較的、車が通らないコースを、朝晩四十分ぐらいずつ通勤・通学時間を避けて歩く。通りに人がいないことを確認しながら。

ただ、そんな僕も、犬を連れている人に対しては基本的にはノーガードだ。

それでも油断できないところはある。僕が障がい者であると街の噂で知った者からの嫌がらせだ。前にもミルティの散歩をしていたら、チンピラ風の男女が近づいてきて、「はっきり言うよ。はやとって、すごく目立つんだよね」と言って去っていった。

何度も「はやとはいるか!? はやとを出せ!」とイタズラ電話がかかってきて、警察に相談したが、警察は「電話会社に相手の電話番号を教えてもらえれば、対処できる」と言い、電話会社に問い合わせたら、「会議の結果、相手の電話番号はお教えすることはできません」とのことだった。嫌がらせ電話に激怒する父と警察とのやりとりは、証拠として録音してある。

ただでさえ高次脳機能障害で脳が疲れやすいのに、僕には外は刺激が強すぎるようだ。

十分ほど歩くと、横浜市大倉山記念館に着いた。僕は記念館前のベンチに腰を下ろした。

昨夜、寝る前にミルティのお骨を撫でていたら、クッキーが気づいて、じーっと僕を見ている。抱っこしてあげたら、僕を気づかうように顔をなめてくれた。僕の人生の中でミルティが最愛の存在だけれど、いま大切なのはクッキーなんだと気づかされた。

大人しいシェルティのミルティに比べて、スパニエル系のクッキーは落ちつきがないが、ミルティロスで思考力がなくなり、何をしていても面白いと感じられなくなったいま、クッキーは希望の光だ。

向こうから主婦がやってきた。

「おたくのわんちゃん、お名前は何ていうんですか?」

「クッキーです。犬種はキャバリアです。前の犬がミルクティーみたいな毛の色をしていたからミルティで、今度の仔(こ)がクッキー」

「ミルクティーとクッキーでお茶ができますね」

これから先、僕はどうなっていくのだろう。

生活が急激に変わろうとしていた。

 

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