少し高めの、爽やかな声が病室に響く。それだけで、空気が変わった。

「指先からマッサージしますが、その前に、ホットパックしていきましょうね。気持ちいいですよー」

温かく蒸したタオルで肘から先を包み、手のひらで優しく押していく奥井。

「熱すぎませんか? 気持ちいい?」

奥井は透の目を見て、反応を確かめながら一つひとつの作業を進めていく。一回三十分あるかないかの工程だが、奥井がマッサージをした後は、透の顔から緊張がとれ、柔和になるのがわかった。世間話もする。

「透さん、高校野球興味ありますか? 僕の母校、予選勝ち上がって甲子園行けるかもしれないんですよ。もし決まったら、休みとって甲子園に行くけど、恨まないでね!」

患者と医療者ではなく、友達のように接してくれるその様子を見ながら、まさ子はなるほど「PT」の「T」は、トレーナー(trainer)ではなく、セラピスト(therapist)の「T」なのだなと思い至るのだった。

「お母さん、もう少ししたら、ベッドの上じゃなくて、リハビリの訓練室に行って、そこでマッサージしましょう。ホットパックも全身一ぺんにできるし。体のストレッチも、もっと大きく動かせるし。僕、上司に言って、話を通しておきますので。透さんも、気分転換になるでしょう。ずっとベッドの上じゃ飽きちゃいますよね」

奥井がそう言ってから二週間も経たないうちに、透はストレッチャーで訓練室に移動するようになった。数時間をそこで過ごすのが日課だ。

まさ子は最初、「訓練室」という響きに、どこか不安を感じていた。外から強制的な力で無理に動かされるのではないか。知らないからこその、漠とした不安だ。それで透についていき、見学をさせてもらうことにした。

ストレッチャーは入院棟から出て外来棟へと移動する。そして大きなエレベーターで地下の訓練室にたどり着いた。奥井はその間も、「エレベーターに乗りますよ」「ガタンと揺れますけど、心配しないでね」と、透に話しかけ、不安がらせない。

時には「外来棟を通りますよー。シャバとの境界線ですからね、シャバの空気たくさん吸ってね」などと冗談めかして言うこともあった。

リハビリ訓練室は地下二階だ。大きなスライド式の扉を開けると、だだっ広い空間には森の木のように大きな柱が何本も林立しており、あちらではマットの上でマッサージ、こちらでは平行棒のようなところで歩行訓練、向こうでは脚に重りをつけての筋力トレーニングと、たくさんの患者が様々なリハビリに勤しんでいる。

まさ子が最初にびっくりしたのは、皆笑顔で取り組んでいることだった。

次回更新は1月14日(水)、14時の予定です。

 

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