コスモス
そよ風が頰を撫でていった。目を開けると、細くたおやかな薄緑色の茎が、風に靡(なび)いて揺れている。その向こうには青空。
(ここは、どこ?)
仰向けで、草木が覆う地面に横たわったようだ。立ち上がると、今度はピンクの花々が目に入った。
(コスモス!)
一面のコスモス畑。まるでピンクの絨毯だ。赤紫や白い花も所々に見える。
まさ子はズンズンと走った。
走りながら思った。
(ここに来たことがある……)
そうだ、少女の頃、背丈がうもれるほどのコスモスをかきわけて走ったことがあった。
足を止め、見上げるほどの高さに花を咲かせたコスモスを、たくさんの茎ごと両腕いっぱいに抱える。そうすると、花々がちょうど目の前で集まる。細長い花びらは、全部がピンクではなく、中央は濃い赤紫をしていた。真ん中の、おしべの花粉が黄金のように輝いている。
(かわいい花)
まさ子は顔に花粉がつくのも構わず頰ずりした。
「おかあさん」
後ろから声が聞こえる。
(透?)
そこには小学生の透がいた。コスモス畑の向こうに自転車を止めて、微笑んでいる。白いシャツに半ズボン。
「僕、知ってるよ。ここよりもっと咲いてるところ」
黒目がちの瞳がクリクリと動く。
(ここより?)
「お母さん、コスモス好きでしょ」
そういうと、透はおもむろに自転車を漕ぎ出した。
あっという間に透の背中は小さくなっていく。
(どこにいくの? ……待って、独りで行かないで!)
「透!」
彼女は自分の声で目を覚ました。
ピッ、ピッ、と電子音が響く。ポコポコと気泡が生まれる音が聞こえる。
そこは病院の一室。十九歳になった息子・透の病床である。城田まさ子は現実に戻った。
(こっちの方が、夢であったなら……)
実際、この数日に起きたことは、まさに悪夢のような出来事だった。