【前回の記事を読む】息子の遺体があまりにも軽い……。経帷子を払いのけて見たら、喉のあたりからおへその下までまっすぐ切られていて…

第四章 班女

「脳死って、境界線が曖昧なの。病院の都合で作れるの。怖いのよ。病院は何をするかわからない」

「……うちの息子は事故の直後に、ほとんど脳死状態だって説明を受けた……」

「でも、死ななかったでしょ? 生きてるでしょ? 脳死状態だから、死んでも構わないって思わないでしょ?」

伸枝はまさ子の目をまっすぐに見つめてくる。まさ子もその目を見つめながら、小さく、しかし力強くうなずいた。

第五章 再会

充の母に会ってからというもの、まさ子はとてつもなく深い闇を見てしまった思いで、自分の不安をどうすることもできなかった。病院に見舞いに行っても、今までと見える景色が全然違う。

もちろん、伸枝の話をそのまま信じているわけではなかった。子を失った衝撃の大きさから、病院を悪者にしなければ悲しみの持っていきようがないのだろう、と同じ母親として深く同情したが、あまりに話が荒唐無稽すぎる。

(遺体の中に水道管? 想像できない……)

けれど、全てが彼女の妄想とも思えなかった。そして何より、「病院にいてはだめ」という言葉がまさ子の胸に引っ掛かった。

──あの病院にいてはだめ。あの病院の言うことを、絶対に信じてはだめ──

実はまさ子も、最近漠然と、転院を考えるようになっていたのだ。このところ、透の病状回復がはかばかしくない。とりわけ「退院を視野に」と始めた自呼吸訓練が、遅々として進まないのが気になっていた。

(本当に退院を視野に入れた訓練なのだろうか? 何か別の意図があるのではないか? いや、そもそも退院させる気がないのでは? 差額ベッド代を払っているのだから、入院が長引く方が病院には有利なのでは?)

まさ子は一度ならず、そんな思いにかられたことがあった。そうした不信感が生まれるたび、まさ子は「よくしてくれた病院に悪い」と疑念を打ち消した。透の命を救ってくれたのは、この病院なのだから。