【前回の記事を読む】バイク事故から随分と時間がたった。入院してもうすぐで1年半。あとは呼吸さえできれば、家に帰れると言われているが…

第五章 再会

まさ子は、冷凍庫から小箱を出した時の、伸枝のギラついた瞳を思い出していた。

(気が触れたように……。あの人も、充くんの死に納得できるまで、どこまでも歩いていくのかもしれない……)

順子は少し話題を変えた。

「医療もね、私が現役だった頃とは全く違っているの。例えば、私たちの時代は予防注射で使う注射針、同じ針で何人もに注射してたよね。今は全部使い捨て。昔の常識は今の非常識なわけよ。

逆に言えば、今の常識は昔の非常識なわけで。死人の臓器を違う患者に使うとか、人の皮膚を加工して絆創膏がわりにするとか、ちょっと前ならありえないよね。脳死だって、心臓が動いているのに死んでるって言われても、納得がいかない人の方がまだ多いと思う」

「透も脳死状態だったって言われた。脳死状態だけど、あそこまで回復したんだよね」

「今、よくインフォームド・コンセントが大切だって言うでしょ? 医療者は、治療だけじゃなくて、納得のいく説明ができるコミュニケーション能力が必要だって。でも、コミュニケーションって、お互いさまじゃない。

患者もわかろうとする気持ちが大切だと思う。そりゃ専門家じゃないから、わからないことがあって当たり前だけど、何のために、何をされているかを理解しようすることは必要だと思う。

たとえば脳死状態ですって言われて、脳死ってどういう状態なのか、どうして脳死と判断したのか、それを医者に質問するだけでも、何か変わってくると思うの。やっぱり勉強することが大切なんじゃないかな。

まーちゃんが転院を考え出したのも、悪いことじゃない。転院するにしてもしないにしても、透くんのためにどうするのがいいのか、考えたということがすごいのよ。

こういう言い方がいいかどうかわからないけど、医者も人間なの。パーフェクトじゃない。だから、みんなで知恵を出し合い、協力して治していくの。患者も、患者の家族も、全員で」