店主はちょっとびっくりして目を丸くしたが、茶化さずに答えてくれた。

「まあ、日本も法治国家ですから、いきなり心臓を取られるとかはないでしょう。でも、けっこう杜撰なところもあるみたいですよ。脳死に限りませんが、解剖しますって言われて、解剖だけじゃなくて臓器も研究用に取られちゃったり」

「え……そんなこと……」

まさ子の脳裏に伸枝の顔が浮かぶ。

「事実は小説より奇なり、と言いますからね」

そう言って店主は、本棚から一冊の本を取り出した。

「この本を読めば、きっと大体のことがわかりますよ」

脳外科医・座間賢一の著書『脳死患者から見た臓器移植』である。

「この人……」

座間賢一の名を、まさ子は伸枝がまさ子に渡したチラシで見ていた。「脳死と臓器移植を考える勉強会」のパネラーの一人だった。

「ご存知ですか?この人、医者なのに患者の、それも臓器を取られる方の患者の立場に 立って発言している数少ない人ですよ。……実は、僕もちょっと応援していてね」

「……買います」

まさ子はその本を店主に差し出した。

会計の時、店主は本を入れる袋の中に、一枚のチラシを入れた。

「その本をお手に取られたのも何かのご縁。もし関心があれば、ぜひ。知識というのは、邪魔になりませんから」

そのチラシは、伸枝の家でもらったチラシと同じものだった。

試し読み連載は今回で最終回です。ご愛読ありがとうございました。

 

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