【前回の記事を読む】息子の唇が動いたような気がした。「起きた?起きたの?」そして、手に取っていた中指がピクンと痙攣し……
第二章 未来
夏休み、越中八尾のおわら風の盆を堪能しようと一人旅を計画して出かけたところ、行きの電車で同じように一人旅をしている順子と出会い、同い年ということもあって意気投合したのだ。風の盆のクライマックスは深夜の町流し。
これを堪能できたのも一人旅の緊張から解放されたからに他ならない。風の盆のゆったりした踊り手のシルエットと、胡弓の長く響く音色が蘇ってくる。そして、弾けるような笑顔で順子と旅した自分の思いも。
(もし一人だったら、怖くて一晩中外で夜明かしなんてできなかった)
偶然がもたらした、青春の冒険の日々を、一枚の葉書が運んできた。が、その感慨もすぐに消える。
(もう私には、自分のための時間は一生訪れないかもしれない)
出口の見えない未来に、漠然とした恐怖を覚えるまさ子であった。
***
透の容体は安定したが、逆にこれ以上はよくならないのではないかという不安が、まさ子の脳裏をよぎるようになった。それは幹雄も同じだ。
「いろいろ調べてみたが、脳挫傷の中でも延髄損傷が伴う場合は、一生寝たきりになることも珍しくないらしい。覚悟しておいた方がいいかもしれない」と肩を落とす。
幹雄は警察に事故の事情を聴くとともに、加害者となったバイクの運転手に補償を求めていた。そこで判明したのが、自賠責保険のほかに賠償に充てられるものは何もないという事実だった。
まだ十代の加害者は保険にも入っておらず、家族も裕福ではなく、買ったばかりのバイクのローンも残っている。透が重い障害を背負うことが確定的な中、幹雄は裁判をしてでも加害者の責任を追及しようと躍起になっていたが、まさ子は内心、思うような結果は得られないのではないかとすでに絶望的な気持ちであった。
そんな中、一つの変化が起きる。主治医の坂本がリハビリ開始を指示し、病室に理学療法士が数日おきに訪れるようになったのだ。
「PTの奥井です。まずは全身のマッサージから始めて、筋肉を解(ほぐ)していきます。あ、PTって、フィジカル・セラピストの略です。日本語では理学療法士っていって、国家資格が必要な職業なんですよ。患者さんのことは何て呼べばいいですかね。透さんでいいですか? それとも城田さんの方がいい?」
奥井は細身で若々しく、透とそれほど変わらない年格好に見えたが、聞けば今年で三十歳だという。
「透さん、今日はご気分いかがですか?」