「厚かましい願いだとは重々承知している。そのうえで恥を忍んで頼む」

数瞬の間を置いて、東は「俺のことを覚えていてくれるか?」と言った。

「え、でも……私も忘れるんじゃ?」

葵は課長に視線を送る。東はこれから存在を消され、人々の記憶から抹消されてしまう。だから自分も例外ではないのだと思っていた。

「葵くんは忘れない。今日ここに連れてきたのも証人になってほしかったからだ」

「証人?」

「そう。私たち死神の噂を流してもらうためのね。これは誰でもいいってわけじゃないんだ。口が軽い人や私たちのことを理解してない、しようとしない人にまで覚えられてしまうとまず間違いなく悪い噂が流されたり、変な尾ひれがついて広まってしまうからな」

そういうことかと合点がいった。東とて今でこそ気を許しているが当初は嫌悪感を露わにしていたし、実際、変な都市伝説がインターネット上で踊っているのだ。

「考えてみてくれ。命を差し出した人物は存在を抹消されるのだから噂を広めることはできない。死人に口なしと一緒だ。そして命を譲り受けた者はその事実を知らないまま生きていくのだから、やはり噂を広めることは不可能だ。ならばどうして死神の都市伝説が広まっているのかという話になるだろう」

「それじゃあ噂を広めているのは私みたいに死神の存在をこの目で見て、誰かが命を差し出す現場に遭遇した人……っていうことですか」

「当たりだ」

これなら理屈は通じる。ならば今の葵にできることはひとつしかない。