おれは歯が鳴るほど飛び上がった。道化師みたいに踊り出してきた小男が、頬のぜい肉を揺らして笑っている。その前歯は溶け――今時、トルエンかな。間違った。今でもトルエンなんだ――大柄なプリントシャツも、折り目のついたベージュのスラックスも、どこか時代遅れだった。

「祐一、この方が案内してくださるわ。行きましょう」

母さんは相変わらず聖母のような微笑を浮かべていた。俵のような鞄を、たすきがけにして両手に厳ついトランクを持っていても、どこか浮世離れしている。あんな目にあったのにどうして笑っていられるのだろう。母さんに関しては摩訶不思議なことだらけだ。

案内人は常におれたちの前を陣取った。スキンヘッドに彫った梵字の刺青が自慢なのか、時々振り返ってはおれの視線を確認している。生々しい体臭と過剰な香水がぶつかるのも遠慮したい気分だったし、猿のような得意げな口調も心なしか神経を逆撫でした。

「入り口を間違えたら迷宮入りね。よく覚えてよ。はい、ここ。島の入り口、中央一番街」

次いで壁に書かれたペンキ文字を指し示し、四つ折りにした地図を差し出すと、指
先でトントンと叩いた。

「まず、自分の居場所を知ることね。ここで生きたきゃあ、こいつの腹ん中を把握すること」そして「ね、坊ちゃん」と、粘りのある笑いを浮かべた。

 

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