「加代ちゃん、私の体調のこと、征ちゃんに伝えてくれたかな」
汗でべたついた体をシャワーで洗い流し、タオルで拭きながらバスルームを出て、冷蔵庫にあったオレンジジュースを一口飲んだ時、玄関のチャイムが鳴った。
「加代ちゃんだ」
自宅を行き来するような友人は加代子しかいない。舞台のあと見舞いに立ち寄ってくれたのかも……。菫子のアパートは巣鴨と大塚のちょうど中間地点にあった。加代子の家もそう遠くない。
しかしパイル地のガウンだけ素肌に羽織ってドアを開けた菫子の前に立っていたのは八代丸征児だった。
「征ちゃん……どうして」
《千一夜劇場》に通ううち、いつの間にか征児のことを劇団員や他の固定客たちと同じように「征ちゃん」と呼ぶようになっていた。
驚く菫子に、「ごめん、突然。山下さんからスミちゃんが熱出して今日は来られないって聞いて、ものすごく落胆した自分に気づいたんだ。演じてる最中にも君のことがずっと心配でたまらなかった。山下さんに君は一人暮らしだって聞いたから」征児は早口にそう言った。
「君の家は山下さんに教えてもらった。あ、彼女を責めないで。俺が無理やり聞き出したから」
その言い訳と茶目っ気のあるしぐさは、まるで舞台劇の脚本に書いてある台詞のように滑らかで完璧だった。