【前回の記事を読む】女が言ってほしいのは、「彼女は特別ではない」ではなく、「君は特別な人だ」なのに
今宵、巣鴨の劇場で
征児と初めて親しく口を利いたのは、三度目に《千一夜劇場》を訪れた晩のことだった。劇団員の中に、ちょうどその日が誕生日だという者がいるということで、団員たちと一部のファン数名で、舞台がハネたあと小さなお祝いの会が開かれることになったのだ。オーナーの計らいで翔太と菫子、加代子もその会に呼ばれた。
劇場の客席がそのままバースデー・パーティー会場になった。狭いフロアに丸テーブルが八卓。そこに簡単なスナック菓子やテイクアウトの寿司などが手早く並べられ、ビールやワインがグラスに注がれた。
照明が落とされ、誰かが用意したバースデーケーキに灯されたローソクの火を今夜の主役が吹き消す段になると、パーティーはささやかながら盛り上がりを見せた。そして会場に再びライトが点いた時、菫子のすぐ隣に八代丸征児がいた。
間近で見る征児は、舞台に立っている時よりは当然ながらごく普通の若者に見えた。が、一八〇センチを優に超す恵まれた体躯、そして目鼻立ちのくっきりとしたどこか日本人離れのする面立ちは、場末の劇場に出演している駆け出しの役者とはいえやはり一般人とは別格のオーラがあった。
何よりも目の光が違う。瞳の中に無数の星でも入っているのかと思うほど、彼が瞬きをするたびに、黒い二つの宝石がミラーボールの放つライトに呼応してキラキラと輝いた。
思いがけない接近と征児の目の美しさにどぎまぎする菫子に「いつも見に来てくれてるね」と征児から声をかけてきた。
「まだ三度目ですけど」
言葉少なに言葉を返す菫子に、「知ってるよ。初めての日、彼氏さんと来てたでしょ? 今夜もだ」
征児は翔太を菫子の彼氏だと思ったのか。それにしても、舞台の上で役を演じながら暗い客席を見て、そんなことがわかるものだろうか? 客を気にして台詞を間違えたりしないのだろうか?