「うん、そうだろうな。でもよう、そういうおいらも流れ者でこの直江の津・今町に流れて来たんだけどもな。そういう意味じゃあ、おめえさんとは似たもの同士だな」勘治は杯の酒をぐいと一気に飲み干した。

「ここのお遥さんは気前がいいみてえだし、少し居候(いそうろう)させてもらうとするか。まあ、まだおいらは草鞋(わらじ)を脱ぐわけじゃあねえんだが。でも魚も酒も旨いことだし」

勘治の生来の食いしんぼの一面が顔を出した。食い物には目がない男である。

「よし。ほんじゃしばらく俺らはこの旅籠にお世話になることとするか。お言葉に甘えて二階の部屋で休ませてもらおうぜ。しかし本当に冷えるなあ」

二人は酒瓶と肴の皿を勝手口に置き、赤提灯屋の土間から続く階段を上り、二階の屋根裏部屋に腰を下ろした。

屋根裏部屋は八畳ほどの大きさで、太い梁(はり)に組まれた傾斜した勾配天井が部屋全体を覆っていた。部屋の前側は格子戸になっており、あけぼの町の通りが眼下に見えた。部屋の右側は欄間(らんま)になっており、横に長い襖が(ふすま)しつらえてある。

勘治はとにかく寒がり、背中を丸くして火鉢に火を熾(おこ)した。ぼんやりと熾火(おきび)に照らされ、部屋全体がほのかに明るくなった。すると、横の襖から人の気配や大勢の人々の声と物音が洩れてきた。勘治と男は、襖を一寸ほど開けて中を覗いた。

六十畳ほどの大広間が襖越しに俯瞰(ふかん)できた。

床の間の上座と思われる場所に男が座っている。かなり恰幅(かっぷく)がよく、たいそうな貫禄である。

お遥の父親、高橋善兵衛(ぜんべえ)である。額に刻まれた深い皺は、頑固さとこの道一筋にやってきた誇りのようなものを感じさせた。

あわただしく、町の若衆と組長と思われる年寄り衆たちが入ってきた。何か急いているのか、みな無表情な面持ちで無言のまま座った。若衆たちは苛立(いらだ)っているようだ。

「みんな、忙しいところよう集まってくれた。礼を言う。今日は他でもないが、例の廻船業組合への新参者許可についての話じゃ」

善兵衛は両袖に腕を通し、苦虫を嚙み潰したような渋い表情で町衆たちを見た。直江の津・今町は、約二十の町からできている。

旭(あさひ)、あけぼの、荒川、安国寺(あんこくじ)、石橋、沖見(おきみ)、栄、塩浜、住吉、善光寺浜(ぜんこうじばま)、天王(てんのう)、浜、東雲(とううん)、福永、本町・横町、港、御幸(みゆき)、八幡(やはた)、四ッ屋。すべて祇園祭の中心である今町祇園社(いままちぎおんしや)を真ん中に点在している。

 

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