【前回記事を読む】茨城生まれが、必ず最初に飲むコーヒーとは?自販機横のカゴには、山のような●●コーヒーの空き缶が…
第一章 常陸の海岸を歩く
2005年に勿来から銚子までの区間を10日間で歩いた記録である。
5 涸沼
今日も私の山靴は砂浜を踏んで南へ向かっている。阿字ヶ浦港の防波堤にすわる釣り人にはどんな魚がかかるのか。釣り人はひねもす青く揺れる水面を見つめている。
誰が書いたのだろうか、漁具を入れる小屋の扉には万葉集の和歌の落書きが一首。
磐城山直越え来ませ
磯崎の許奴美(こぬみ)の浜に
われ立ち待たむ
この和歌を俵万智風に現代語に訳してみた。
すぐにでも磐城山を越えて会いに来てね
私は磯崎こぬみの浜辺で
いつまでもあなたをお待ちしているのですから
誰がどのような理由でこのような優雅なことを小屋の扉に書いたのだろうか。あたりには地元の人もいないので尋ねることもできない。万葉集に親しむ、風流な漁師がいるのだろうと想像した。
短歌集を出版している友人Kは、千五百年も前の人の詩(和歌)を、その原文のままで現代人が鑑賞できる国は世界では日本のみではないかと言う。なるほどなるほどと、私は知識を新たにしたのであった。
今日は干潮である。平磯の浜にはいつもより岩棚が広がり、たくさんの人々が集って何やら海草のようなものを採っている。沖に目を転ずると、太平洋の青い水平線が丸くゆがんでいる。
那珂湊の魚市場は今日も繁盛していて、大勢の買物客があふれている。貝や魚を焼く醤油の香ばしい匂いが流れている。
那珂川を赤い海門橋で渡る。河口から筑波の山を望む。那珂川河口からの大洗海岸は水族館から始まり、砂浜が続き、ところどころに大岩があり、それが波に洗われている。これまでこのように歩いたことがなかったが、ここは良い海岸である。