ガウンを着てNICUに入ると、たくさんの保育器の中に普通の大きさの赤ん坊たちが眠っていた。
看護師に案内され、一番奥の保育器に近づいた。
「まずはお父さんが、お子さんの様子をお母さんに伝えてあげてくださいね」
お父さん……。その呼びかけに照れくささと同時に胸の奥から温かいものが込み上げてきた。
保育器の中の我が子は、他の子に比べてあまりに小さく、まるで小さな猿のようだった。
全身を電極につながれ、オムツは体に不釣り合いなほど大きい。
「大丈夫なんですか?」と問うと、医師は冷静に答えた。
「今の医学から見て、成長できる可能性は八十%ほどでしょう」
望んでいた「大丈夫です」という言葉は聞けなかったが、それでも我が子は必死に生きようとしていた。
保育器に手を差し入れ、小さな手に触れた瞬間、ぎゅっと握り返してきた。
あまりに力強く、愛おしくて、涙がこぼれた。
妻の病室に駆け戻ると、彼女は全身の力を使い果たしたように横たわっていた。それでも、その顔には安堵と誇りが浮かんでいた。
「なんとか生まれたよ! 名前も決めてるの。心春ってどう?」と、妻は幸せそうに笑った。
「いいね。それでいいよ」
その瞬間、胸の奥に温かな光が灯った。だが安堵したのも束の間、試練は終わらなかった。
出産から五日後、街を震度七の直下型地震が襲った。
俺は、九州に出張中だったので無事だったが、朝のテレビには瓦礫と化した街が映し出されていた。
崩れたビル、倒れた高速道路。妻と娘のいる病院は……。
どこも連絡がつかず、電話も沈黙したままだ。
神は俺たちに、どれほど試練を与えるのか。停電になれば、保育器に守られた我が子の命は終わる。
俺には、子を授かる資格はないと突きつけられているように思えた。
そしてニュース映像が、あの病院へ切り替わった。
NICUのある三階が、上下のフロアに押し潰されていた。
「嘘だろ……」
膝が崩れ、その場で泣き崩れた。
「うぁああああああああ………… 」
声にならない叫びが部屋中に響き渡った。
次回更新は11月8日(土)、21時の予定です。
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