【前回の記事を読む】離婚後、元妻は再婚しかわいい子どもが生まれた。一方その頃、夫は病室の白い天井を見つめていた――。
第二章 忘却の設計図
『夫婦二人だけの人生』シミュレーション
妻と二人、これまで通りの生活を続けた。
週末はバイクでツーリングに出かけ、記念日には少し奮発してレストランで食事を楽しむ。
二人きりの時間は、かけがえのない宝物のようだった。
だが、日々の穏やかさは、次第に翳りを帯びていった。妻は一人っ子で、両親から「子供はまだか」と繰り返し問われた。
知人との集まりでも話題は子育てばかりで、妻は微笑みながらも孤立していた。
「子供がいたら、そんなに偉いの? 私は二人でいるだけで十分幸せなのに」
妻がポツリとつぶやいた言葉は、胸に重く響いた。
俺は、兄夫婦を思い出した。兄には子供が一人いて、家事も分担していたが、奥さんは保育園探しや仕事復帰に苦労していた。
そんな折、近所の主婦に「子供一人で根を上げるなんて母親失格ね」と言われたらしい。育てた子供の数が、母親のステータスとでも思っているのだろうか。時代錯誤も甚だしい。
妻は次第に人付き合いを避けるようになり、俺は、気分転換にとロングツーリングを計画した。だが、それが最後のツーリングとなった。
山間のカーブに差し掛かり、俺は、アウトインアウトのライン取りで、素早く走り抜けた。
だが、後方の妻は、遅れまいと焦り、減速が足りないままコーナーへ突っ込み、反対車線にはみ出して転倒した。
次の瞬間、対向車と衝突する激しい音が山に反響した。
俺は呆然と立ち尽くすしかなかった。
妻を事故で失った俺は、一人きりの部屋で、あの日の光景を何度も繰り返し思い出した。
もしあの時、妻の技量に合わせて走っていれば。
後悔は、鉛のように心を沈めていった。
「……柴田さん、お疲れ様でした。目を覚ましてください」
須磨谷志保の穏やかな声で、俺はゆっくりと瞼を開けた。
腕に巻かれた端末を見つめ、先ほどの惨劇がシミュレーションだったことを自覚した。背中や額には冷や汗が流れ、身体は小刻みに震えていた。
「いかがでしたか?」
感情のこもらない声で問われ、思わず叫んだ。
「俺たちに何の恨みがあって、こんな最悪なシミュレーションばかりなんですか? 人の命を弄んで、そんなに面白いんですか!」
部屋に響いた怒声に、彼女は一瞬言葉を失い、遠い目をした。