【前回の記事を読む】「さっきまで後ろを走っていたのに」妻と対向車、衝突の瞬間は一瞬だった。喪失感から、もうハンドルを握れなくなり…

備忘録

妻のDNA検査を踏まえて、妊娠時のリスクを事前に処置した結果、十月十日(とつきとおか)の妊娠期間を経て出産できた。

名前は、シミュレーションの中で妻が選んだ『心春』にした。

心春は紛れもなく、妻と俺の遺伝子を継いだ娘だということもわかった。

震災を避けるため、出産後は妻を実家に疎開させた。幸い、何も厄災は起こらず、無事に過ごせた時の安堵は言葉にならなかった。

それでも、不意に健康不安や事故、あの震災の光景がフラッシュバックのように蘇る。生活習慣を変えれば虚構の記憶も消えると思ったが、十五年経った今も完全には消えない。

家族は、それを『大いなる勘違い』と冗談交じりに受け止めてくれる。そのおかげで暮らしやすくなったのは確かだ。シミュレーションで痛感したのは、事実そのものではなく、それをどう捉えるかが人生の幸不幸を左右するということだ。

独身に戻った人生にも、二人だけの人生にも、血の繋がらない子との人生にも、それぞれの喜びがある。

俺は胸を張って言える。たとえ血が繋がっていなくても、娘は愛おしい我が子だ。

今日もまた、愛おしい家族と食卓を囲んだ。

妻と娘の寝息を聞きながら目を閉じた。