【前回の記事を読む】数回の検査の後、「無事、着床しました」。そこは「妊娠おめでとうございます」と言って欲しかった…
第二章 忘却の設計図
『第三者からの精子提供で子供を授かる』シミュレーション
自分と血が繋がっていながら、子を愛せない親もいる。ならば、血縁という言葉に、深い意味を求めること自体、虚しいのかもしれない。妻と子供が健康でいてくれるなら、それで十分だった。
だが、妊娠六ヶ月を過ぎた頃、妻に異常出血が起こり、即刻入院となった。
診断は「子宮頸管無力症」
胎児の重みで子宮頸管が開き、流産や早産に至る危険な状態だった。
子宮頸管を縛るなどの処置が施されたが、医師は淡々と告げた。
「これ以上の回復は見込めません。このまま経過観察で様子を見ますが、よろしいですか?」
それは、事実上「治療は諦めてください」という通告に等しかった。
「他の病院という選択肢はないんですか?」
必死に食い下がった俺の声に、医師は、NICU(新生児集中治療室)のある専門病院への転院を決断した。
妻は「もう無事には産めないのね……ごめんね」と泣き続けた。
俺は、人前では涙を見せまいと堪えたが、トイレに隠れて嗚咽を漏らした。
転院後、専門治療が始まったが、二週間経っても状況は改善しなかった。
再び医師から「回復は見込めません。このまま経過観察でよろしいですか」と告げられた。今度こそ、最後通告だった。
俺は、赤ちゃんの名前辞典を棚に戻し、子供のいない人生を妻と歩む覚悟を決めようとした。だが、その一週間後、奇跡のような変化が訪れた。
「羊水量が増え、安定傾向にあります」
医師の言葉に希望が芽生え、治療は再開された。
胎児は六百グラムを超え、俺は「もう一日、もう一日」と祈るように日々を過ごした。
三週間後、胎児は八百グラムを超えていた。だがその時、突然陣痛が訪れ、妻は悲鳴をあげた。
「もう、これ以上は持ち堪えられません」
緊急帝王切開。予定日より三ヶ月も早く、九百グラムに満たない小さな赤ん坊がこの世に現れた。
「元気な女の子ですよ」
看護師の声に、思わず「え?」と呟いた。
無事に生まれることを諦めていた俺にとって、その言葉は現実味を欠いていた。そして、赤ん坊にも『性別』があるのだという当たり前の事実に、改めて胸を打たれた。