しかし……と、喜之介は思う。

やっぱり、喜桜師匠に入門して良かった。

予想通り、厳しい修行を課せられることはなく、どちらかというと年の離れた友人みたいな関係となり、楽しい日々を過ごした。

そんなことを思い返した。

それは源太郎に電話がかかってきて「ちょっと失礼」と席をはずした隙のことだった。

スマホに何かメモをしながら源太郎が戻ってきた。

「で、何の話やったっけ?」

いや、弟子の話やん。

「あ、そうそう。克ちゃんの再婚話やったな」

「何でやねん」

喜之介はバツイチ独身。……そんなことはどうでもええねん。

「あ、弟子の話やったな」

源太郎が話題を戻す。

「そうや」

「まあ、最終的に弟子を取ることになると思うけど、今、迷ってるんやったら、とりあえず、その弟子入り志願の三人と会ってじっくり話を聞いてみたらええと思うで。それより、あいつのこと知ってるか?」

「あいつって?」

源太郎は後輩の落語家の名前を挙げ、その近況を話し始めた。

喜之介は悪口とイコールの噂話を聞き流しつつ、弟子、弟子、弟子……と、心の中で呟き続けていた。

弟子、弟子、弟子……その呟きは自宅に戻ってからも断続的に続いた。

そして……よし! その時だけ、誰もいない部屋に大きな声を響かせた。

よし! 弟子を取るぞ!

そう言ったものの、やっぱり、無理かな? という思いがまた巻き返してくる。

心の中のシーソーが上がったり下がったりしているうちに疲れて眠りに落ちた。

 

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