第一章 怒 涛
一、ビックリするやないかい!
本当にビックリした。
真正面から切迫した表情で突進してきた男が突然、大きな声を発したのだ。
「すいません! 弟子にしていただけませんでしょうか?」
弟子?
一瞬、その言葉がどういう意味を持っているのか理解できなかった。どこか異国の言語? 自分には全く縁のないもののように聞こえたのだ。
「え? 何?」聞き返した。
「弟子です。弟子。弟子にしていただけませんでしょうか?」
「ああ、弟子ね」納得したように言った後、「え? 弟子?!」本当にビックリした。
「そうです。お願いします」
「弟子って、ひょっとして、この私に?」
「はい。ここには師匠だけしかおられませんけど」……確かに。
弟子にしていただけませんでしょうか?
確かにこの男はそう言った。
……ということは、自分に弟子入り志願者が来たということだ。そんな当たり前の事実を嚙みしめているのは、花楽亭喜之介(からくてい きのすけ)。
それが落語家としての名前だ。そう、プロの落語家。入門して早や二十九年になる。一般的には弟子を持って不思議ではない芸歴の長さだ。だが、喜之介は自分が弟子を持つなんていうことを想像したことがなかった。
同程度の芸歴の落語家の中には既に多くの弟子を持つ者もいたが、それははるか対岸の出来事と認識していたし、ましてや自分も弟子が欲しいなどと思ったことはない。むしろ何かと面倒なことだと感じていた。
そこに突然の弟子入り志願者の登場。驚いた。