第一章 怒 涛
一、ビックリするやないかい!
喜之介は、一人暮らしの賃貸マンションに戻ってから、頭の中でその日、自分に起こった出来事を確認していたところだった。そんな中で思考があちこちに迷走してしまっていた。改めて、本筋に軌道修正する。
「弟子にしてください!」
確かにそう言われたのだ。イケメンだった。
この俺に? そう、この俺に……だ。とてもビックリした。
この俺に弟子入りって、何を考えてんねん!
懐疑的な気持ちが支配し、自分が誰か分かっているのかを確認した後、どうして自分に弟子入りしたいのかを問うた。
「それは、喜之介師匠の芸と人柄です」
芸と人柄? 突然、弟子入り志願男が現れた驚きから戸惑い、狼狽。その揺れ動く感情の中に、嬉しさがふつふつと湧き上がった。
芸と人柄に惹かれて弟子入りを申し出たという。嬉しい。見てくれている人はいるんだ。
具体的にはどういうこと?
もっと褒められたくて、そう聞こうとしたが、それより先にイケメンの「弟子にしてください!」の連続攻撃に言葉を挟むことができなかった。
「弟子にしてください!」何度も言う。このまま路上で土下座しそうな勢いだった。 こういう時、他の落語家はどのように対処しているのか?
そういえば、喜之介自身が弟子入りした時はどうだったのか?考えを巡らした。
その場で返事をもらった訳ではなかった。今度、また会いにおいで。そう言われた気がする。