大阪天満にある上方落語の定席・天神亭の出演を終え、関係者出入り口から出てきたところだった。もちろん着物姿ではない。私服に着替えて帰路に就こうとした瞬間の出来事だった。

猪突猛進男が弟子入りを志願してきたのだ。

改めて、その男を観察する。

スラっと背が高い。百八十センチほどの長身でスリム。陳腐な言葉ではあるが「イケメン」というカタカナ四文字が思い浮かんだ。

そのイケメンが自分の顔をずっと凝視している。

にらめっこに負けて目をそらしてしまった。

「ダメですか?」イケメンは返事を求める。

「ダメというか、何というか」自分でも恥ずかしいぐらいのうろたえようだった。

「そんなこと急に言われてもやなあ」「ダメですか?」迫ってくる。

困った末に妙な質問をしてしまった。

「あのう、君、僕が誰だか分かっていて、弟子になりたいって言うてんの?」

自らの知名度のなさを全面的に認めた上での質問だった。

「はい、分かってます」

ほな、名前を言うてみて! 

本当に分かっているのか確かめたくて、そう言おうとした時、相手が口を開いた。「もちろんじゃないですか。花楽亭喜之介師匠!」

正解! 合っている。ホッとした。

しかし、自分の落語家としての知名度のなさは大いに自覚している。

現在、テレビ、ラジオでレギュラー出演している番組はない。最近、テレビに出たのは…… ええと、記憶を思い起こすのに苦労するほどだ。ラジオは? あ、そうそう、知り合いの落語家が担当している番組にゲスト出演した。それもかなり前。ここ一年以内のマスコミでの露出はゼロだ。

そもそも大手のプロダクションに所属していないので、事務所の力で出演の話が来ることもないし、仮に事務所の力が強くても自分の人気と実力が不足しているので、そんな話が来る訳がない。

情けない。

……と思いつつも、そこまで深刻に考えていない自分もいる。