4 幸運にも『最後の晩餐』を観賞 ─ ミラノあれこれ ─

ローマほどではないけれど、ミラノにも結構足を運んでいます。

最初にミラノを訪れたとき、ミラノ中央駅の近くのホテルに泊まったのですが、何となくもの悲しい気分になったのを覚えています。窓の外からドゥオーモ広場が見えましたが、どういうわけか、とても気が滅入ったのです。

ドゥオーモ(大聖堂)といえば、華々しく荘厳なミラノの象徴的建造物であり、街の中心部にある観光拠点です。それなのに私の第一印象が暗かったのは、ミラノのその日の天候が薄曇りで、四月というのに寒々としていたことに原因がありそうです。

その日、街を歩く人もうつむきがちで、どことなく寡黙でもの悲しげでした。道行く人の誰もが、孤独な人たちという印象がありました。 そう感じたのは、その頃、私の年齢が若く、賑やかなものや晴れがましいものに心を引かれていたためかもしれません。

イタリアに対し、私は饒舌(じょうぜつ)で陽気な人々や、眩しい陽光といったものを、一方的に期待していたのかもしれません。

ローマで行き交った人たちは、誰もが楽しそうに抱き合ったり、身振り手振りがオーバーなおしゃべりをしていました。

ミラノに旅装を解いて、打ち沈んだような寂しい風景に接したとき「これは、私の愛するイタリアではない……」と感じたのです。

ところがそんなミラノの第一印象が一変したのは、1999年の2月、ポルトガルの帰途に立ち寄ったときでした。

海外旅行、特にイタリアの一人旅は、最初の三日間ほどは出発前に日本で予約を取っておいて、その後のホテルは現地で行き当たりばったりで取るというのが私の流儀。気まぐれな私は、突然コースの予定を変更したりするからです。

今回ミラノに立ち寄った最大の目的は、今まで見損ねていたダ・ヴィンチの『最後の晩餐』を観ることでした。