長年、どんなに寒かろうと雨降りだろうと、屋外の犬小屋で耐えていた。盆地の冬は厳しい。今になって思えば、もう少し暖かな犬小屋を作ってやればよかった。腹水が溜まりだしてから、獣医さんに言われて、ピッポは家の中のケイジで寝起きするようになった。

それでもピッポは長年屋外で暮らしていたので、排泄するときはどうしても外へ行くと言って聞かなかった。そのたびに外へ抱いて連れ出したが、足腰に力が入らなくなって、オシッコする間も体を支えてやらないといけないぐらいに弱っていった。

日中一人でおいておくわけにもいかず、仕事を休むわけにもいかない。心配なのでピッポを車に乗せて仕事場まで連れて行った。使い古したバスタオルにくるまって、おとなしくハッチバックスタイルの車の荷物スペースに横になっている。

その頃、父の経営する酒蔵(さかぐら)では、私たち夫婦の提案で観光客を迎え入れていた。秋の行楽シーズンでもあり、団体でバス旅行するのが流行っていた。その日も四台のバスが立ち寄る予定だった。

予約時間通りに到着すればよいが、一台が遅れ、次のバスが早めに着いたりすると、受け入れる側は大忙し。見学の案内をして、帰りがけにはたくさんお買い物をしてもらわなければならないので、立ち寄り時間三十分をいかに有効に使ってもらうかが勝負。

買い物する店舗の面積はそんなに広くはないので、バスが重なったときは、一台目のバスの見学は短めに案内して、ショップへと誘導する。二台目のバスのお客さんには少し長めに説明をして、五分から十分時間を稼いで、店舗へと誘導する。

案の定、その日は二台目のバスが遅れて到着し、立て続けに三台目と四台目が入ってきた。案内係の人間は私のほかにもう一人。一台のバスに平均三十から三十五人は乗っているので、三台重なると、多いときには百人近い人間を捌かなくてはならない。

まさにドタバタ。そういうときに限って、贈答用にきれいに包装してちょうだいなどと頼まれる。必死に少人数でお客さまを捌き、ようやく出発するバスを見送った。

一息つく間もなく、ピッポの様子を見に行った。

「ああ、ピッポ」

ピッポは両足を投げ出し、目を閉じて横たわっている。

もう息をしていなかった。

人間ががさがさ忙しがっている間に、ピッポは一人で旅立ってしまった。

 

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