【前回記事を読む】入道雲が広がる夏空の下。生ぬるい風がゆらゆらと吹きつける中、主人公はとある場所に向かっていた

第一章 出会い――ひまわり坂でキミと

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夏の空は本当に不思議だ。どこまでも高く広がっているようにも思えるし、手を伸ばせばつかめそうなくらいすぐ近くに、その青があるようにも思える。

あどけない空の話――そんな詩があった。確か、春の詩だ。

春の空は、あどけない。夏の空は、あてどない、なんて。

メガネをかけなおして、ゆっくりと視線を前方へめぐらせる。

夏草をふたつに分けて、だらだらと伸びている坂道。その先が視界から切れて空と接するところから、針の先みたいなものがちょこんと頭を出している。もう少し近づくと、それが、オレンジ色をした円錐形の屋根にのった小さな十字架だということがわかる。

まちがいなく、あれがあたしの目的地。常桜(じょうおう)学院高等部の合宿施設、緑桜(りょくおう)寮。見えてきたのは、その鐘塔だ。

距離にすると、まだ二百メートルくらいはありそう。この日ざかりの下で、少しスピードをあげて歩くのと、ゆっくり時間をかけて歩くのと、どっちがよけいに体力を消耗するだろうか。

それとも物理法則的に考えて、消費するエネルギーの総量は、どちらでも変わらないのだろうか。

そんなどうでもいいことを考えながら少しだけ歩を進めると、鐘塔の下の赤いスレート屋根といっしょに見えてきたものがあった。

夏空に向かって燃えあがる炎のような黄色。近づくにつれ、それがひと叢(むら)のひまわりだということがわかった。

まずは、あそこまで……とりあえずのささやかな目標に向かって歩みだしかけてから、あたしは〝待て待て〟と自分を押しとどめる。大事なことを忘れるところだった。

右足と左足、どちらから踏みだすか。

今の気分は――右だ。

最初に踏みだす足を決める。いつの間にか身についていた癖、というより儀式。

それでなにかが変わるとか、本気で信じてるわけじゃない。ただ、この最初の一歩は、だれでもない、あたしが決めたんだっていう、その気持ちがあたしには大事だった。

それは、そのあとに続く道も、ぜんぶあたしが決めたものってことだから。

いつかあたしは、今踏みだそうとしてるこの一歩のことなんて、きれいさっぱり忘れてしまうだろう。それでも、ここからはじまる道が消えてしまうことはけっしてない。

さて、もうひと踏んばり。少しだけ気あいを入れるように、両膝(りょうひざ)をパンッとたたく。

歩きだそう、この右足から――