【前回の記事を読む】「……コウくんさ、今でも書きたいって思ってる?」先輩のその一言で僕の止まっていた時間が静かに動き始めた

第一幕 やりたいこと

そこからの僕は、タガが外れたように書き始めた。

一心不乱とは、こういうことなのだろう。あの瞬間の興奮を忘れたくない。その思い一つで。

何枚も、何枚も、何枚も。

ペンを握って書き上げた。

そして僕は、いくつもの劇団に電話をかけた。当然のごとく断られ続けたが、一カ所だけ読むだけならと引き受けてもらえた稽古場があった。

僕は、藁にもすがる思いで頭を下げた。そこが、先輩の所属する劇団とは知らずに。

数日後、空は曇っていた。

「何度言ったらわかる! あんたの書く本は、物語になってないんだよ!」

稽古場に怒号が響く。辺りには、散乱した原稿用紙。

「人物像があやふや! 起きている事件もチグハグ! こんなのじゃ、観客が感情移入できるわけがない!」

主宰が机を思いきり叩く。僕は必死に弁解をしようとしたが、主宰の吊り上がった目に気圧され、言葉が出なかった。今すぐにでもこの場から去りたくて、必死に散らばった原稿をかき集める。

しかし、主宰は僕の手首をむんずと掴むと、持っていた原稿を取り上げ、丸めてゴミ箱へ投げ入れた。

「こんな紙切れは拾い集める価値もない。君は荷物を持って帰れ」

そう吐き捨てると、主宰は僕になんか目もくれず、レッスンを始めようと号令をかける。ヒソヒソと陰口を叩かれ、後ろ指をさされていることを感じた僕は、涙ににじんだ目を擦り、かばんを抱えて稽古場を後にした。

「コウくん……」

先輩が声をかけてくれたにもかかわらず、僕は振り向くこともできなかった。

ここから僕には、鮮明な記憶がない。ただがむしゃらに、街の中を走っていたらしい。気づけば僕は、いつもの河原に寝転んでいた。