「文吾くんの顔でもちらつくんですか?」

「笑うよね、でもほんと、それかも」

先輩はそこからある一人の友人の話を始めた。その人はここ数年で急激に仲良くなった存在らしく、私と先輩ほどの強い結びつきではないものの、少なくとも友人A(ここからはそう呼ぼう)から先輩へは絶大な信頼を寄せているらしかった。

そしてAは今、不幸のどん底にいるらしい。Aはこの一年間ほどダブル不倫をしていたそうで、先輩はその始まりから、その不純な恋が育って熟成して朽ちるまでを事細かにAから共有されて知っていた。

そこでもきっと先輩は追体験でもしていたのだろう。Aは最近では修羅場に遭い、夫と別れ、子ども二人の親権までも失い、そこまでして一緒になるはずだった(そう信じて疑わなかった)相手に自分ではなく家庭を選択され、捨てられたそうだ。

ちなみに別れる前、最後に話した内容は男からAへの「実は僕はクリスチャンなんだ」という告白だったらしいことに、先輩は憤りながら楽しんでいるように見えた。

クリスチャンであることの何がどう引っかかって、別れのその瞬間までわざわざひた隠しにしていて、それでいて別れる武器にでもするようにして最後にそれを告白したのか、別れ際に唯一渡されたものが聖書だったというAがとても不憫だと語った。

次回更新は10月6日(月)、19時の予定です。

 

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