【前回記事を読む】「偽物の黒猫はむなしく宙を見上げるばかり…強い日差しを背に受けて飛翔する鳥たちが、空から笑っている。」

第一章 燕の空

迷信

茗荷(みょうが)を食べると物忘れがひどくなる。昔からの言い伝えだが、迷信なのか、何か根拠があるものなのか。

確かに茗荷や紫蘇、三つ葉や木の芽などは、独特の香りと味があって、それがまた何ともいえない風味である。そんな味覚は、子供の舌にはなじまないので、大人しか食べない。となれば、子供から見れば、茗荷を食べる大人はまったく都合よく、あるいはほんとうに物を忘れる。

雷がごろごろ鳴ると、雷様におへそを取られるぞ、と子供の頃よく言われた。夕立にあわないように、屋内にいなさいという指示なのか、急激な気温の変化に体調を気遣え、という注意だろうか。

天気にまつわる言い伝えといえば、燕が低く飛ぶと雨が降る、といわれる。燕は飛びながら虫を空中で捕食する。空気中の湿度が高くなると、昆虫も低く飛び、雨が降るという論理のようだが、必ずしも当たらない。猫が顔を洗うと明日は雨、と同じぐらいの確率だろう。

今年もまた燕たちが南国からやってきて、電線でおしゃべりをしていたかと思うと、巣の中にじっとしている。どうやら卵が孵るのも間近なようだ。忘れずに覚えているのだから、巣を造った燕か、あるいはここから巣立った若鳥だろう。巣の存在だけでなく、ここに暮らす人間のことも覚えているのだろうか。

物忘れがひどくなる一方の人間は、せめて迷信に惑わされることなく、燕が巣立つまで見守ってやろうと思う。

(二〇一三・五)