【前回記事を読む】【エッセイ集】春の訪れと共に――大空を旅した燕とその雛たちと過ごす日々。ささやかな場面にも心が温まり…

第一章 燕の空

飛翔

初めて空を飛ぶ気分はどんなだろうか。

卵の殻を破って生まれでたときから、一緒に生まれたほかの兄弟たちと、ひたすら親鳥の運んでくる餌を待っていた。親の到来とともに、こぞって黄色い嘴を開けて餌をねだった。毎日下から見上げる人間たちは口々に何かを言っては手を振ったりする。手の動きに合わせて首を振って見つめると、人間たちはなぜか笑顔になった。

泥で固めた巣が次第に手狭になって、五羽の兄弟で押しくら饅頭を始めた。背中がむずむずして羽を動かしていると、また下から人間が声をかけてきた。親鳥がしきりに警戒の声を上げるので、巣の中に身体を引っ込める。

あの頃見えていたのは、軒先から下の空間だけだった。一陣の風と羽ばたきで、親鳥が弧を描くように巣に帰ってくる。あんなふうに飛べたら……あとについて飛び出したはいいが、虚弱な一羽はあえなく地面に墜落。人間に捕まえられて、巣に戻ってきた。

そんな冒険もあったが、今や五羽全員が上手に空を飛んでいる。もう人間に捕まることもなければ、からかわれることもない。

こんなにも外の世界は広いのか、と好きなだけ飛び回る。羽ばたけば羽ばたくほど、身体が空高く浮き上がって、翼で風を切って一

直線に滑空することもできる。もう、狭い巣の中でじっとしていた日々がうそのようだ。

もぬけの殻となった巣を見上げる人間が、ぽつんと小さく見える。

(二〇〇八・八)