【前回記事を読む】〈失われた30年〉といわれる間に、なにより働くモチベーションが、失われてしまったような気がする

第一章 知覚センサー、機能不全

「和田さんのところには、育成だけでなく、評価制度や採用戦略の見直しも含め、すでに経営企画と連携して、さまざま動いてもらっている。文化風土の醸成は、広報室や総務部にも話をしている。

現業のほうも、こうしたプログラムを起点に、もっと積極的に巻き込もう。各部門で機能分担していたが、今後は連携の核を鮮明にして、全社の新しい運動体にしたほうが良いだろう」

梶原副社長が、にっこりと3人を見る。

「私から『修行の道場をはじめる』って旗を振ったら、忙しい現場も文句を言いにくいだろ」

人財開発にムーブメントづくりがあってもいいと思っていた和田さんも、賛同する。

「ありがとうございます。今回の改革は、制度ありきではなく、本当に人間ありきで考えたいですね。キャリアシートを改訂するよりも、とにかく会社が面白いことになりそうだと、思い直してくれるきっかけが、実に大切だと思います。これは社員の能力開発というより、組織への期待開発ですよ。どうかな、そう考えたほうが、腹落ちがいいだろう?」

和田さんの言葉に、2人がうなずく。Keiさんが上司に確認する。

「規模的には、どうですか? 半年で25人、一年で50人……。人財の量産はできませんが」

「まず、一番苦労しているミドルマネージャークラスが受講して、自分のグループに体験を持ち帰ってもらい、『こんな日常のことを話し合ってもいいんだ』という場づくりを各地にひろげていこうか? うーん、どうも吉岡の〈合コン〉みたいになりそうだな。わはは」

石橋さんが、不思議そうな顔をしている。おれがパートさんと、合コンばかりしていたと思っているのだろう。

「そのセンセは、どんなひとなの?」梶原さんが、石橋さんに訊く。

「ひょこひょこしていますけど。本気なんだと思います」

「一時のお祭りに終わらないよう、じっくり取り組んでくださいよ。突出したタレントを養成・選抜するのではなく、じわじわとでも、みんなの中で異端と大胆が、多様に芽吹くといい。人財は、即席量産はできないか。そうだよな、腹をくくって。少しずつでも新しいチャレンジが起こるといいな」

梶原さんが、両膝をぽんと叩いた。

「よし、こっちも本気なんだ……私だって、もう遅いかもしれないけど、改めて感受性の修行をしてみたいよ」

経営は、スキルではない。あらゆる学びによって磨かれていくものは、結局、人間ひとりひとりの芯にある、感性や想いなのだ。