客観的な病気

「客観的な病気」は現代的な病気です。医学の進歩とともに検査により体の異常が「発見」されるようになりました。画像検査、血液検査で示される「標準値からのずれ」はたいていは無症状であり病的意義はありませんが、ずれが大きい場合、さらに大きくなると何らかの自覚症状つまり「主観的な症状」が出てくる可能性があります。

検査で見つかる「純粋に客観的な病気」は、「将来、症状が出るかもしれない病気」です。予防医学は客観主義の医療観に立脚しています。現代の医者の多くは客観主義者であり、検査に基づく診断を重視します。患者さんの多くもまた、客観主義の医療観に立っています。

痛みの原因に対する治療を、本書では“原因療法”と呼ぶことにします3

客観主義の医者と患者さんは原因療法を重視する反面、痛みをやわらげるだけの対症療法には批判的です。客観主義の医療観の治療対象は体です(体にはときには脳も含まれます4)。痛み医療では痛みの原因となっている病変部位を見つけ出し、治療することを主目標とします。

客観主義の患者さんは「痛みの原因を知りたい。何でこうなったのですか? 何がいけなかったのですか?」と質問してきます。対症療法だけでは決して満足してもらえません5

主観と客観にまたがる病気

多くの診療科にあって、「心療内科」は心と体が連関する病気を診る診療科であり、主観症状と客観所見の両方を診ています。「心身症」は心の問題が身体症状として現れる病気であり心療内科のおもな対象疾患です。

運動器疼痛疾患に対する整形外科の診療は、基本的には客観主義に立っていますが、主観主義に基づく痛みの治療も重視しています。なかでも腰痛は脊椎腫瘍や感染症のように器質的病変が明らかで客観性が高いものから心因性慢性腰痛という主観性が高いものまで、さまざまなタイプがあります。そのため腰痛専門医は主観症状も客観データも重視する診療が求められます。

このことは5、6、7、8章で詳しく述べます。


1 皮膚疾患は例外。無症状でも自分で見て触って「客観的」に知ることはできる。

2 血圧が高くても腰椎椎間板が潰れていても、症状のない人は自分が病気であるとは思っていなかった(もちろん、現代でも)。

3 「原因療法」は本書における筆者の造語である。より一般的には根治療法という。

4 客観主義の医療観にあっては、脳も痛みの治療対象になりうる。現在の疼痛医学では脳と心の関係が明確になっていないので、まだ脳に対する介入はほとんど行われていないが、ペインマトリックスにおける病変部位や機能障害がはっきりすれば、脳も外科手術の対象となりうる。

5 原因を知りたがり、執拗にたずねてくる患者さんは少なくない。そのような方々は同時に再発防止についても質問してくる。病気にはすべて原因があり、それは自分の間違った行動によりもたらされた、と考えるからであろう。

けれども、そのような「考え方」自体が間違っている。ほとんどの病気は本人の「間違い」が原因ではない。生活習慣病というのは一部の病気にのみ摘要できる概念である。

本連載は今回で最終回です。ご愛読ありがとうございました。

 

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