―― 確かに茉莉の言う通りなのだ――

誰一人理解できない……誰にも理解されない。一度掴みかけたロープが手から滑り抜けて、再び寄る辺もない海に流されていくようだった。

俯けた視線の端に白いものが動いた。芝庭の奥に付けたバードバスで白鶺鴒(はくせきれい)が水浴びをしているのだった。

一羽が中に入り、もう一羽は縁で待っている。胸元の黒と、腹や翼の下の白が、素焼きの水盤から現れてはすぐ消えていく。羽を震わすと、光の中に水の粒が飛び散っていった。

不思議に音が聞こえない。静寂とは違う無音、この世から音も声も消え去った気がする。

「まあ、いいわよ、まだ、薔薇園のミストレスなら」

不意に遠い彼方からのように声が伝わって、思わず顔を上げると、茉莉は、こちらは見ず視線を庭の先に投げていた。

横顔の唇が開いた。

「私はてっきり世を捨てて、修道女にでもなったのかと思っていたもの」

ぞんざいで冗談とも取れる言い方だったが、茉莉は本当にそんなふうに取っていたかもしれないとも思った。

その横顔に初めてのように目が留まった。整った美貌というのではないけれど、印象的な顔立ち、すっきりとした鼻筋。

あの頃より顔全体がほっそりしていて、その分、頬から顎の線がいっそう洗練されたように思える。今、その横顔はこれまでにないほど穏やかさを堪(たた)え、遠い先に向けられていた。

 

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