【前回の記事を読む】もう学生の頃とは違う――彼女の反応を見て、自分がとってしまった振る舞いに恥ずかしさと後悔の気持ちが揺らぐ
第1章
テラスにて
――茉莉が私の庭を肯定してくれたのだ――と典子は思った。
表情だけではなかった。『まあ、いいわよ』と不意に切り出した時の声のトーン。茉莉の生来の声、茉莉が本当の心根を見せる時だけの声を、確かに聞いたと思った。しかもハスキーな中に甘やかな響きさえも含んだ。
喜びを抑え典子は言った。
「そんなふうに思われても仕方ないわ……こんなにも長い間何の連絡もできなかったのだもの」
「……」茉莉はゆっくりと顔を向けた。その瞳が、聞こえた事を問い返すように動いた。
典子は思わずテーブルの花の方に目を逸らした。
「あなたはあの頃と同じに溌剌として、とても素敵だわ」と典子は言った。
「いいえ、あの頃よりずっと素敵になったわ」
「ありがとうと言うべきかしら」と軽く受け流すと、茉莉は椅子から横向きに体を浮かせた。隣の椅子に載せていた紙袋に手を伸ばすと、それをポンと典子の前に置いた。
「お土産のつもりよ」と素っ気なく言った。
「まあ!」声が出ると同時に立ち上がっていた。思ってもみない事だった。それに茉莉の言い方、あの頃のまま。
――マリは心からのプレゼントを渡す時でさえ、わざと不機嫌そうな素振りを見せた。何もかも変わってしまったわけではないのだ――
縹渺(ひょうびょう)とした暗がりの中に、小さな明かりを見つけたような喜びが湧いた。「お土産まで頂くなんて……」と典子は目の前のものを胸に当てるように引き寄せた。
「本当に来てくれただけで嬉しいのに」
「誤解しないでほしいわ!」茉莉はさっと睨む眼を向けた。
「許した、という事ではないわよ」
「……」再び不意打ちのような言葉だった。
喜びに包まれていた体までが一瞬に固まり付いた。
「私は怒っているのよ」下から射るように声が響いた。
「もっと正確に言うなら、怒りが再燃した、という事よ」
――さいねん?――茉莉はいったい何を言っているのだろうか?