【前回の記事を読む】バラを通して心が交わる瞬間、そして"演技"を越えた本当の声──二人の距離はまたあの頃みたいに戻れるのか…
第1章
テラスにて
茉莉はしばらく無言のまま典子に背を向けていた。典子は茉莉が何を考えているのか測りようがなかった。やがて茉莉はゆるりと体を回した。典子に向けた目が何かを言おうとするように動いた。
「こちらの席にお掛けになって」典子はそれを待たず、先ほどと同じく、先を制するように正面の椅子を指し示した。
そこからは前面の花壇と三列の長円形(オーバル)の型花島壇(アイランドベッド)がほぼ見渡せる。
「庭が一番よく見える所なの」
茉莉は典子が言った言葉には無反応に、わずかに椅子を引いて座った。典子も茉莉に向き合うように腰を下ろした。
「実のところ」茉莉は庭に向いていた顔を横に向けた。
「昨日まで来るつもりなど全くなかったのよ」さらりと言った目が一瞬アイシャドーの青を閃かせた。
「今更会ったって、どうなる事でもないもの……」
茉莉は―― そうじゃない?―― と言うような表情を向けた。
「……」典子には再び不意打ちのような言葉だった。
事もなげに茉莉は続けた。
「それが急に気が変わったのよ。今朝、メールを入れたはずよ」「メールを?」思わず息を呑んだ。
意を決して、手紙に封をしようとした時、ふと霊感のようなものが走った。茉莉から、もし何かしら返信があるとすれば―― 電子メールに違いない―― と。典子は一度入れた便箋を取り出し、追伸に自分のメールアドレスを書き添えたのだった。
メールと言っても典子がやり取りするのは、父の会社との事務的な連絡の他には、ほんの数人だった。それも夕食後に少しだけパソコンを開く。
朝になって、ひとたび庭に出ると、それらの事は頭から離れてしまう。
「ああ、ごめんなさい、今日はまだメールのチェックしていなかったの」典子は詫びると共に、口惜しい思いで言った。
―― 茉莉が来てくれるのがわかっていれば、もう少しましな対応や準備もできたはずなのに――
それでも茉莉がメールをくれたという事は、茉莉とのアドレスがつながったという事なのだ。今までは何ひとつ不明だった、それが何という事だろうか。
「この時期はいつも朝早く庭に出るものだから」
「別にいいわよ。本人がいた訳だから」
「ええ……」典子は頷き笑みを向けた。
「ところで」わずかに声を低め、典子を見つめた。
「ここはあなた一人な訳……?」
「えっ?」すぐには真意がわからなかった。少しして答えた。
「ええ、私一人よ」
「ひとり……? 一人暮らしという事?」
「ええ……」典子は頷き、笑みを作ろうとしたがそれは半端に薄れてしまった。
「ふう~ん、そお……」茉莉は考える目で言い、その視線をゆるりと典子の手の方に向けた。